高橋弘篤選手は2026年2月に開催されるミラノ・コルティナ冬季オリンピックのスケルトン日本代表として、41歳で3度目のオリンピック出場が決定しました!
氷上を時速130kmで滑走する過酷な競技に挑戦し続け、全日本選手権5度優勝という実績を持っています。
この記事では、スケルトン 高橋選手の出身高校・大学や経歴、家族構成や結婚していて、妻(嫁)や子どもがいるのか、そしてスケルトン競技の魅力についてまとめていきたいと思います!
スケルトン日本代表の高橋弘篤選手について気になる方は最後までチェックしてみてくださいね!
スケルトンの高橋弘篤選手が41歳で3度目のミラノオリンピック代表に!どんな選手?
2026年1月24日、日本ボブスレー・リュージュ・スケルトン連盟は、ミラノ・コルティナ冬季オリンピックのスケルトン男子で高橋弘篤選手が日本代表に決定したと発表しました。
41歳での五輪出場は、2014年ソチ、2018年平昌に続き3度目となります。
当初、日本は自力での出場枠獲得はなりませんでした。
しかし、国際ボブスレー・スケルトン連盟が1月22日、繰り上がりで日本に出場枠1を与えたことで、高橋選手の代表入りが実現しました。
今季限りでの現役引退を表明している高橋選手にとって、このミラノ五輪が最後の大舞台となります。
高橋選手は、6シーズンぶりに国際大会に復帰し、理想通りの結果を出し続けることは難しかったと自身のSNSで振り返っています。それでも、繰り上がりという形であっても「参加できて良かった」と前向きなコメントを残しました。
スケルトンってどんな競技?
スケルトンやボブスレーなど似ている競技があって、普段馴染みがないと見分けもつきにくいので、調べてみました。
スケルトンは氷上を時速130kmで滑走する迫力の競技
スケルトンは氷で造られたコースを鉄製のそりで滑り降り、そのタイムを競う競技です。最高速度は時速125km~130kmに達し、選手は頭を前にしてうつ伏せの状態で滑走します。
競技は1人乗りのみで、立ち姿勢からスタートします。
約40メートルのスタート前区間でそりを押して助走をつけ、頭を前方にしてうつぶせで飛び乗ります。コース上では体重移動のみでそりを操縦し、ブレーキはありません。
時速130kmという速度は想像を絶します。高速道路でうっかりスピードを出しすぎて、120kmを超えてしまったときでもビビってしまいますが、氷の上で時速130kmは怖い以外の表現はないと思います。
コースを滑走中、選手の顔は氷面から数センチしか離れていないため、わずかな操作ミスが命取りとなります。
この緊張感こそが、スケルトン競技の醍醐味です。
ボブスレーやリュージュとの違いは?
冬季オリンピックには、スケルトン以外にもボブスレーとリュージュという似た競技があります。しかし、それぞれには明確な違いが存在します。
ボブスレーは2人乗りまたは4人乗りのチーム競技です。
選手はそりに長座で乗り込み、最高速度は時速130~140kmに達します。「氷上のF1」とも呼ばれ、ハンドルとブレーキを使ってそりを操縦します。
リュージュは1人乗りまたは2人乗りで、仰向けの状態で脚を前にして滑降します。
座った状態からスタートし、体重移動のみで操縦します。最高速度は時速145kmと、3つの競技の中で最も速いです。
一方、スケルトンは唯一、うつ伏せの姿勢で頭を前にして滑走する競技です。
立ち姿勢からのスタートと、ブレーキのないシンプルな構造が特徴となります。
スケルトン 高橋弘篤選手のwikiプロフィール

※画像引用:産経新聞
名前:高橋弘篤(たかはし ひろあつ)
生年月日:1984年4月13日
年齢:41歳(2026年2月時点)
身長:175cm
体重:83kg
出身地:宮城県黒川郡富谷町(現・富谷市)
出身高校:県立富谷高等学校
出身大学:仙台大学
所属:株式会社エフアシスト
趣味:映画鑑賞
身長や体重は?
スケルトン 高橋弘篤選手の身長は175cm、体重は83kgです。
スケルトン競技では、スタート時の加速力とコース上での安定性が求められるため、適度な筋力と体重が重要となります。
高橋選手は学生時代にドッジボールや野球など団体競技を経験していました。
その後、仙台大学でボブスレー部に入部し、スケルトンに転向した経緯を持っています。
スポーツ経験が豊富な選手であることがわかります。
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出身高校はどこ?
スケルトン 高橋弘篤選手の出身高校は宮城県立富谷高等学校
高校地代はまだスケルトンという競技を知らず、将来は「足の速い体育の先生になりたい」と考えていたそうです。
地元・富谷市では、高橋選手がオリンピック代表に選ばれるたびに市を挙げて応援しています。2014年ソチオリンピック出場時には、母校の富谷高校からも多くのエールが送られました。
出身大学はどこ?
スケルトン 高橋弘篤選手の出身大学は仙台大学体育学部
2007年3月に卒業しています。
高校時代に「体育の先生になりたい」という思いを持って大学進学をして、部活の勧誘がきっかけでオリンピック選手になるなんて、大学時代の高橋弘篤選手は思ってもいない未来だったと思います。
高橋弘篤選手がスケルトン競技を始めたきっかけは?
高橋選手がスケルトン競技を始めたきっかけは、仙台大学での部活動紹介でした。
当初はボブスレー部に入部しましたが、後にスケルトンに転向しています。
「足が速くて、ちょっとマッチョだったら格好いいなぁ」という軽い気持ちで始めたスポーツが、やがて人生をかけて取り組む競技となりました。
最初は小さなきっかけでも、それが人生を変える大きな一歩になることを、高橋選手の姿が教えてくれます。
大学時代に個人競技の魅力に気づいた高橋選手は、団体競技にはない「自分自身との戦い」に惹かれていきました。
この個人競技特有の厳しさとやりがいが、41歳まで現役を続ける原動力となっています。
スケルトン 高橋弘篤選手のデビューから現在までの経歴を時系列でまとめ
スケルトン高橋弘篤さんの選手デビューから現在までの経歴を時系列でまとめてみました!
システックススケルトンクラブでの活動期間
2007年、仙台大学を卒業した高橋選手は、株式会社システックスに所属し、「システックススケルトンクラブ」で活動を開始し、2017年まで所属をしていました。
2009年には全日本プッシュスケルトン選手権で初優勝を果たし、2010年には全日本スケルトン選手権で初優勝を達成しました。
2010年から2012年まで3連覇を達成し、国内トップ選手としての地位を確立しました。
ソチ2014・平昌2018オリンピック出場
高橋選手の国際的な実績は、2014年ソチオリンピックでの12位入賞から始まりました。
29歳での五輪初出場は、当時の日本スケルトン界に大きな希望でした。
4年後の2018年平昌オリンピックでは22位という結果に終わりましたが、2大会連続でのオリンピック出場は、高橋選手の安定した実力を示すものでした。
平昌五輪の際、高橋選手は家族への感謝の気持ちを語っています。
長年にわたる競技生活を支えてくれた家族の存在が、選手としての活動を続ける大きな支えとなっていました。
全日本選手権5度優勝の実績
高橋選手は国内大会で圧倒的な強さを見せてきました。
全日本スケルトン選手権では、2010年から2012年まで3連覇を達成し、さらに2015年と2017年にも優勝しています。通算5回の優勝は、日本スケルトン界における高橋選手の功績を物語ります。
コツコツと積み上げる努力が、大きな成果につながることを証明してくれていると思います。
2026年時点ではエフアシストに所属
2018年、高橋選手はトゥーホームサービス(有)に所属を変更しました。
そして2022年からは現在の所属先である株式会社エフアシストでスケルトン競技を続けています。
所属企業の変更を経ながらも、競技への情熱を失わなかった高橋選手。
2026年ミラノ・コルティナ五輪が現役最後の大会となることを表明しており、41歳での挑戦が注目されています。
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結婚して妻や子供はいる?家族構成について
スケルトン 高橋弘篤選手は2026年時点で41歳です。
結婚しているのかや、家族のことが気になります。
結婚や恋愛に関する情報は?
高橋弘篤選手の結婚や恋愛に関する公式な情報は、現時点では確認できません。
本人のSNSやインタビューでも、妻や子供についての言及は見当たりません。
スケルトン競技は、長野県や海外での長期遠征が多く、プライベートな時間を確保することが難しい競技です。高橋選手は競技に専念してきた可能性が高いです。
家族からのサポートや応援
高橋選手は過去のインタビューで、家族への感謝の気持ちを語っています。
特に平昌オリンピック出場時には、家族のサポートがあったからこそ挑戦できたと述べていました。
地元・富谷市でも、高橋選手の活躍を市民全体で応援しています。
2022年3月発行の「広報とみや」では高橋選手のSNS情報が紹介されており、市を挙げての応援体制が整っていることがわかります。
家族や地域からの応援はアスリートにとって大きな力となります。私も顧客サポートの仕事をしているため、「誰かを支える」ことの大切さを日々実感しています。高橋選手を支える家族や地域の存在が、彼の長いキャリアを支えてきたに違いありません。
まとめ:スケルトン高橋弘篤選手の挑戦はまだまだ続く!
高橋弘篤選手について、この記事で紹介した内容をまとめます。
【高橋弘篤選手 まとめ】
・1984年4月13日生まれ、宮城県富谷市出身の41歳
・宮城県立富谷高等学校、仙台大学体育学部卒業
・仙台大学でボブスレー部に入部し、後にスケルトンに転向
・全日本スケルトン選手権で5度優勝(2010-2012年3連覇、2015年、2017年)
ソ・チ2014(12位)、平昌2018(22位)、ミラノ2026の3度のオリンピック出場
・現在は株式会社エフアシストに所属し、今季限りで現役引退を表明
高橋弘篤選手は、41歳という年齢でありながらミラノ・コルティナ冬季オリンピックに挑戦します。
繰り上がりでの代表入りではありましたが、「参加できて良かった」と前向きな姿勢を見せています。
スケルトン競技という日本ではマイナーなスポーツに挑戦し続け、全日本選手権5度優勝という実績を残してきた高橋選手。その継続力と情熱は、多くの人に勇気を与えます。
2026年2月、イタリア・ミラノで開催される冬季オリンピックが、高橋選手の競技人生最後の舞台となります。
現役最後のチャレンジを応援したいですね!
